「アトピー性皮膚炎」と「皮脂欠乏性皮膚炎」の違いは?




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アトピー性皮膚炎において皮膚バリア機能障害が重視され、保湿剤全盛の時代となってこのかた、「かさかさ肌(乾燥肌)」が注目をあびている。
生まれて間もない赤ちゃんから、体の衰えを感じる年配者まで、皮膚の乾燥や痒みが気になる現代人は多い。

アトピー性皮膚炎は出生直後ではなく、2-3週ほどしてから生じる。
遺伝的な素因によりフィラグリン(バリア機能、水分保持に関わる角質蛋白)の機能障害を生じて皮膚バリア機能が損なわれるため、多種のアレルゲンが早期から体内に侵入していき、さまざまな物に反応するアレルギー形成に至る、と近年では考えられている。
アレルギーになった(感作(かんさ)された)物質が、再び外界から皮膚を通して微量でも体内に入ってくると、免疫の拒絶反応を生じて皮膚の炎症、すなわち皮膚炎(=湿疹)が見られるようになる。
この皮膚バリア機能の損なわれた部分では、経皮水分喪失が亢進している。

いわば体質的な乾燥肌による湿疹だ。

小さい頃からの病気で、かつては成人するまでに軽快("grow out")し忘れ去られた。「〇〇ちゃんは子供の頃、皮膚が弱かったよね」で済んだ。
それが1900年代の最後の四半世紀頃からどんどん治りにくくなり、重症化や難治や再燃が大人になってからも見られるようになってきた。
今では中高年のアトピー性皮膚炎もまるで珍しくなく、その人たちにおいては、一生ものの病気に変貌していると言ってもいい。
遺伝した「かさかさ肌」になりやすい体質自体は、おそらく終生持続するのだろう。

一方の皮脂欠乏性皮膚炎(皮脂欠乏性湿疹)は、病名は知らずとも誰もが存在は知っている、お年寄りの乾燥肌のかゆいかゆい病だ。

とくに冬期、環境の湿度が低くなると湿度の濃度勾配により、皮膚から水分がより多く失われる。このとき、高齢の皮膚では、失われた水分に匹敵するだけの補給ができない。それゆえかさかさしてひび割れた皮膚となる。
膝より下の下腿(すねの部分)に好発するのが特徴。これは元々体の中で優先順位が低く、血流による栄養補給が真っ先に損なわれやすく、その割に外気の低湿度にさらされやすい場所だからだろう。

ゆえにこの2つの病気「アトピー性皮膚炎」と「皮脂欠乏性皮膚炎」の違いは、端的に言ってその原因にあると言える。
その乾燥肌は、子供の頃からの体質のせいなのか、それとも年齢的な機能の衰えによるものなのか、だ。

だが最近、この2つの病気の境目は、非常にあやしくなってきている。
アトピー性皮膚炎が高齢化して子供の病気とは言えなくなる一方、まだ若いうちからすねなどがガサガサになり悩む、皮脂欠乏性皮膚炎の人々も増えている。

例えば若くても栄養摂取が極端に不足していれば、皮膚の機能低下による乾燥が生じうるだろう。環境の悪化や肉体的・精神的ストレスでも同じようなことが起きるかもしれない。運動不足による代謝低下が原因となるかもしれない。
加齢以外にも、皮膚の構造や機能を規定する要因はたくさんある。

その人の乾燥肌の主要因が何なのか、皮膚に書いてあるわけではない。
ご高齢であれば、年齢的な機能の衰えが筆頭要因と推測される可能性が高くなる。
「年だと宣告されているようで嫌だ」という感情面を除くなら、これは道理だ。
ではより若ければ?
上記のようないろいろな要因を考えて・・・果てはアトピー性皮膚炎の体質までたどり着くかもしれない。

だから今日「皮脂欠乏性皮膚炎」には、狭義と広義があると思う。
狭義は古典的な、高齢者のもの。
広義は、乾燥肌による湿疹のほとんどすべて、原因が何であろうとそれに対し公的な称号を与える、便利な病名である。

極論すれば、広義の「皮脂欠乏性皮膚炎」という集合の中に「アトピー性皮膚炎」の一部、または全部が含まれてしまうこともあるかもしれない。
治療も同じ保湿励行なら、同じ病気と考えてもいいじゃないか、と。
しかしそれはどうなのだろう?
一皮膚科医としては、そんな十把(じっぱ)一からげの風潮になびくは恥、ととどまるこだわりを持っていたい。

老人の皮膚には老人なりの特徴があるだろう。
乾燥しやすいだけでなく、皮膚の修復機能も年齢的に衰えているだろうから、掻きこわしてひとたび皮膚炎や湿疹になったところは、若い人より治りにくいかもしれない。

そんな老人皮膚の特徴を捉えた論文で、印象深く記憶しているものがある。
当時東北大学皮膚科の教授であられた田上八朗先生の「皮膚のバリアとしての角層」で、日本皮膚科学会雑誌に生涯教育講座として掲載された(108(5),713-727, 1998)。

田上先生の研究によると、皮脂欠乏性皮膚炎の場合、皮膚角層の水分保持機能はアトピー性皮膚炎の乾燥肌と同様低下しているが、角層のバリア機能は低下しておらず、むしろ若者のそれより良いということだった。
高齢者皮膚では角層が剥がれ落ちるまでの時間が長くなる結果、角質細胞の層数と細胞表面積の増加が生じて、侵入時にアレルゲンなどの異物が角層全体を通り抜けていかねばならない経路が、長くなるためだという。
乾燥しがちなのも体内からの水分補給が、その角層の厚みのために表層まで到達しえない、というところに理由を求めている。

以来、この見解に同意、反論どちらの研究も私は目にしたことがなく、これが真実なのかどうかはわからない。
しかし非常に論理的でわくわくする論文だと思ったし、今読み返してもそう思う。

皮膚のバリア、すなわち境界を担っているのは主に最上層の角層(挿絵の赤い細胞のところ)である。
人体と外界との境界線として、人体の中から外へ、外から中への不必要な物質の移動を制限するのがその役割だ。
境界線と言っても1本の線、1枚の膜ではない。核がなくなった平たい角質細胞の隙(す)き間を埋めるように満たされた細胞間質がそれであり、物質はその隙き間を、さながらあみだくじのようにたどり透過する。

加齢により代謝が落ちて角層が厚くなることが、バリア機能の維持につながるとは、なんとも興味深いパラドックスではないか。
そんな現象は若い人の皮膚では起こりえない。まさに高齢者の皮脂欠乏性皮膚炎独特の病態と言える。

その後2000年を過ぎて解明が進んだ、角質蛋白フィラグリンは、体内に必要な水分などを外へ失わず、外からの異物を不用意に体内へ侵入させないそのバリアの仕組みを構成する、重要な因子であることがわかった。

バリア機能が損なわれると、水分喪失により皮膚を瑞々(みずみず)しく保つことができず、刺激による痒みなども出てくる。
ここまでは乾燥肌全体に言える話。

しかし壊れたバリアから侵入してしまった異物に、体がどう反応するか(あるいはしないで済むのか)は、また別の話。
おそらくアトピー性皮膚炎の場合は、皮脂欠乏性皮膚炎とは異なり、そこにも問題がある。
侵入から感作、アレルギー、皮膚のアレルギー性炎症へと進んで行きやすい、ある種の免疫系の指向性を抱えているものと考えられる。

アトピー体質は、「バリア機能の弱さ」だけではない。
それは車の片輪であり、反対側の車輪には、きっと同じ大きさの「免疫系の反応しやすさ」がある。

田上先生はもう1つ、ためになることを書かれていた。
角質細胞間質は、天然保湿因子(NMF)としての役割を果たす、セラミド、コレステロール、脂肪酸という3つの脂質を主成分とする。
しかしその3つのうちどれかだけを皮膚に塗布しても意味がないか、むしろバリア修復を邪魔する、という。
なぜならそれらはそのまま角質細胞間に移行するわけではなく、細胞間脂質合成の材料となるだけなので、材料に1つでも成分が足りないと、それは異常な脂質合成につながるそうだ。
修復の補助には、皮膚に取り込まれず上にとどまるワセリンや、経験的に見つけられたヘパリン類似物質などの方が、優れている。

脂(あぶら)が足りないなら脂を補えばいい、と人は考えがちなもの。
だが、物事は、ことに人体はそう単純ではないと実感する。
深く考えられる人間でありたいと思う。

2018.3.  

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