病態から見たアトピー治療



ーアトピー性皮膚炎の病態は、どこまで解明されているのか?ー



2009年、あけましておめでとうございます。
さて、今回は長いですよ・・・。ごゆっくりどうぞ。


“病態から見た正しいアトピー性皮膚炎のマネージメント”と題した、5つの教育講演が、昨2008年4月の日本皮膚科学会総会にあった。
先頃その発表内容をまとめた学会誌が届き、学会に行って聞くことができなかった私は、早速読み始めた。

「アトピー性皮膚炎の解明はいったいどこまで進んでいるのか?。研究は、どこまで辿り着いているのか?。」
こうした学会講演は、それを知る良い機会である。
読みながら、自分の覚え書きとして記録しておくべく、要点や気になる点を書き出していた。

そうして書いているうちに、「これは皆さんにとっても有益な情報ではないか。」という思いが、ふつふつと心の中に湧いてきた。
そこで、試みにその内容をここにアップしてみようと思う。

ついでに、同じ学会で報告された“新しい皮膚科治療”という教育講演の中の、遺伝子治療外用薬についての報告も添える。
かつて掲示板で質問を受けた(データNo:287,2007年10月12日)のは、このNF-κBデコイ軟膏と思われる。

いずれも第一線の医師の方々の、それぞれ貴重な、研究実績である。
私は、日本皮膚科学会の末端の一員として、皮膚科医としての研鑽を積むために、その情報を享受させてもらっている。

だが、学会誌とはいえ、公開されたものである。
医師だけが占有してい続けるべき情報でもないだろう。

このサイトの掲示板に寄せられる書き込みを見ていても、患者であったり一般の人であったりする皆さんが、かなり高度な医学知識を持ち、さらなる知識を求めてもいるということを、私はいつも感じている。

その方たちはアトピー性皮膚炎について、何が分かっていてどうなっていくのか、真実を知ることを渇望している。
それらを元に、自分の見通しや方向性を見出していくために。

高度情報化社会における、患者の生き方であろう。

おそらくそんな皆さんたちは、この程度の情報を充分理解し、自分のアトピー性皮膚炎に対する洞察に役立てることができるに違いない。

とはいっても、長々と小難しい記述が続く。

興味のおありのところだけの拾い読みでも、全体をざっと眺めてもらうのでもいい。
「医師たちが今、一生懸命頑張って研究していること、考えていることは、こんな感じなんだ」というイメージを受け取ってもらうだけで、多分意味があると思う。

なお、論文のみを情報源としていること、あるいは私の能力不足や不勉強のために、理解が追いついていない部分もあるかもしれない。ご寛恕願いたい。
また、要点はすくったつもりだが、私が読んで考えた要点であり、著者にとっての要点が漏れているところがあるかもしれないとも、断りおく。

以下、論文の要約を載せ、その後にそれについての私の思いを記す。




“病態から見た正しいアトピー性皮膚炎のマネージメント”


その1、アレルギー炎症の立場から:片岡一朗(大阪大学皮膚科教授)

Johansson SGらが2001年にアレルギーという雑誌に報告した、「アトピー性皮膚炎症候群」という考え方がある。
アトピー性皮膚炎を、アレルギー性機序と非アレルギー性機序の部分を内包した、症候群として捉えるという考え方である。

「アレルギー性」とは、IgE抗体、Th2型免疫反応、肥満細胞(痒みと浮腫を起こすヒスタミンを、分泌する細胞)、好酸球が関係するものであり、「非アレルギー性」は、皮膚バリア機能異常、細菌、ストレスが関与する。

アトピー性皮膚炎では、この2つの要因が相互に関与して病像を形成していく、と考える。

Th1とTh2はリンパ球の区分であり、それぞれ異なる免疫反応を司る。
衛生状態が良く感染症の減った現代では、Th1の反応が減り、ダニ・ペット・スギ花粉などの刺激は、Th2反応を強くする。

ブドウ球菌(皮膚の常在菌)の出すスーパー抗原は、炎症を強くする。

アトピー患者の皮膚では、痒み感覚が変調することも知られている。
普通の人が痛いと感じる刺激で、痒みを感じる。

Th2反応中に出るIL(インターロイキン)4やIL13は、皮膚の角化に関係する蛋白質の生産を制御する。アトピー患者での皮膚バリア機能異常は、これによる一過性の現象なのかもしれない。

まとめとして、アトピー性皮膚炎の治療にあたっては、アレルギー性側面のみでなく、痒みを含めた非アレルギー性側面をも是正し、本来の状態を回復させる、包括(ほうかつ)的な治療が、望ましい。


その2、アトピー性皮膚炎の病態ーバリア異常の立場からー:芋川玄爾(東京工科大・応用生物学部教授)

アトピー性皮膚炎患者では、皮疹がある所だけでなく、治った後の皮疹の無い所でも、経皮水分蒸散量を測定すると、異常に高い。
水分保持機能が低下した状態であり、すなわち、皮膚バリア機能が障害された状態、と考えられている。

しかし、経皮水分蒸散量は、水分の蒸発を見ているものであり、経皮吸収バリア機能を直接反映するものではない。
著者らは、より適切な指標として、皮膚表面に色素を塗って(角層から表皮への)吸収量を測定した。患者皮膚(皮疹の無い所)では、普通の人の皮膚より、吸収が多かった。

アトピー性皮膚炎患者皮膚(皮疹のある所と無い所)では、セラミドが大きく減少していた。
セラミドは脂質の層を作って経皮吸収バリア機能を担う。すなわち、セラミドの減少は経皮吸収バリア機能の低下を意味する。

同時に、その脂質層の中に水分を留めておけなくなり、水分保持機能が低下し、経皮水分蒸散量が増加した、乾燥した皮膚になるのであろう。

著者らはさらに、バリア機能が破壊された時の皮膚での、免疫反応の変化を調べた。
その結果、バリア機能が破壊されると、Th1型反応が抑制されるかTh2型反応が促進されるかして、いずれにしてもTh2優位になることが分かった。

アトピー性皮膚炎における皮膚免疫異常は、バリア機能異常の結果、とも考えることができる。

アトピー性皮膚炎患者皮膚には、普通の人に比べて非常に高率に、黄色ブドウ球菌が住み着いている。
患者の皮疹がある所では、ほぼ100%、無い所でも30%。普通の人では、鼻腔などにはよくいるが、前腕皮膚などでは稀である。

著者らは、この黄色ブドウ球菌定着の原因を、スフィンゴシンに求めた。

スフィンゴシンは、皮膚角層にある脂質で、黄色ブドウ球菌に対して強い抗菌力をもつ。
著者らがスフィンゴシンの量を調べたところ、アトピー性皮膚炎患者皮膚(皮疹のある所と無い所)では、普通の人より減っており、しかも菌の多い場所ほど減少が激しかった。

スフィンゴシンはセラミドから作られる。
セラミドの減少はスフィンゴシンの減少を招き、黄色ブドウ球菌の定着を許すと考えられる。

アトピー性皮膚炎患者の皮膚ではなぜ、皮疹の無い所でもバリア機能が低下しているのか?。

経皮水分蒸散量を指標として調べると、患者皮膚(皮疹の無い所)では、軽症患者でも普通の人よりはっきり増加を見せ、中等症、重症となるにつれ、はっきりと相関して、蒸散量は増えていった。

色素を使った経皮吸収量測定でも、同様に重症患者ほど、吸収が多かった。

つまり、重症度が増すほど、患者皮膚(皮疹の無い所)のバリア機能異常は強くなっていた。

このことから著者は、今は皮疹の無い所も、かつてそこにあった皮膚炎の結果として、バリア機能障害を生じているのではないか、と考えている。

ではセラミドは、どうして減少するのだろうか?。

これは、セラミドを作る元の物質のスフィンゴミエリンやグルコシルセラミドからセラミドを作る際に、アトピー性皮膚炎患者では、別の酵素が出現して、セラミドではない別の物質を作ってしまうから、と推察された。

その推測を裏付ける測定結果が得られている。

以上、アトピー性皮膚炎の皮膚病態への、バリア機能異常の関与について検証・論述した。


その3、保湿薬によるスキンケアのエビデンス:川島眞(東京女子医科大学皮膚科教授)

アトピー性皮膚炎患者の、乾燥した前腕皮膚に保湿薬を塗る実験を行った。
1)ヘパリン類似物質製剤(商品名で言えばヒルドイド)、2)尿素製剤(商品名で言えばウレパール・ケラチナミン・パスタロン)、3)白色ワセリンの、3種を使用。

いずれの外用でも、皮膚の乾燥・剥がれ落ちる皮・痒みの改善と角層水分量の増加が見られた。
経皮水分喪失量に有意な変動はなかった。角層水分量は外用を中止すると再び減少した。

アトピー性皮膚炎患者の皮膚で、炎症を充分鎮静させてからヘパリン類似物質製剤を2週間外用した後、ヘパリン類似物質製剤を続ける患者と、止めて何もつけない患者に分け、6週間経過を見た。

つけていた患者では再燃までの日数が有意に延長し、6週間目で再燃していなかったのは、外用群で87.5%、中止群で60.6%であった。
乾燥・剥がれ落ちる皮・痒みを表すスコアは、前者で変動無く、後者で中止2週目から悪化した。

保湿薬が、アトピー性皮膚炎患者の皮膚の乾燥を改善させ、寛解(軽快した)状態の維持にも役立つことの正しさが、エビデンス(科学的証拠)をもって示された。
保湿薬によるスキンケアが重要である。


その4、病態に基づくアトピー性皮膚炎のマネージメント:痒みと抗ヒスタミン薬:幸野健(関西労災病院皮膚科部長)

アトピー性皮膚炎について、日本では、3種のガイドラインと1件のシステマティック・レビュー(系統的概説)がある。

すなわち、日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎治療ガイドライン(2008)、厚生労働科学研究班によるアトピー性皮膚炎治療ガイドライン(2005)、日本アレルギー学会によるアトピー性皮膚炎診療ガイドライン2006(2006)と、アトピー性皮膚炎ーよりよい治療のためのEBMデータ集(2005)である(3番目以外はwebで公開中)。

それらや、他の海外のガイドラインやエビデンスから、重要点を概説する。

アトピー性皮膚炎の痒みに、抗ヒスタミン薬は有効である。

ヒスタミンが結合する場所、H1受容体は、ヒスタミンが結合する前からアレルギー反応を起こす刺激を出しており、ヒスタミンが結合するとさらに刺激を出す。と、最近では考えられるようになってきている。
抗ヒスタミン薬は結合後結合前の刺激をともに抑制するので、「痒みがなくても続けた方がよい」ということになる。

臨床試験で、抗ヒスタミン薬を飲み続けることが、再発抑制と生活の質改善に有益であった。

抗ヒスタミン薬は、眠気が強いものほど効力も強い、ということはない。

抗ヒスタミン薬で、眠気を自覚しなくても運転などの能力が落ちていることがあるので、注意が必要である。


その5、心身症としての対応:羽白誠(大阪警察病院皮膚科部長)

「心理社会的要因」→「身体症状」を、狭義の心身症、「身体症状」→「心理社会的要因」を、適応障害、そして適応障害まで含めたストレス関連の身体疾患全体を、広義の心身症という。

アトピー性皮膚炎は、心身症的側面の強い病気であることが、広く認識されるようになっている。
その病態は、3つに分類される(1患者に2つ以上あることが多い)。

1)社会心理的要因がアトピーの症状に影響を及ぼす(狭義の心身症)
   仕事のプレッシャーで皮膚症状が悪化、など。
2)皮膚症状があるために、精神的症状を生じている(アトピーによる適応障害)
   顔に症状が出ているので仕事に行けない、など。
3)アトピーのケアが上手くいかない(アトピーの管理の障害)
   薬を使ってもよくならないと言う、など。

専門の質問紙で評価したり、ポイントを捉えた詳しい問診をし、対応する。

1)では、悪化の因果関係を気づかせる、リラックスする練習をする、掻破日記や掻かないしぐさで痒みをコントロールする、など。
2)患者の苦痛を聞き、治療の見込みを伝え、ストレス発散の提案をし、必要なら薬物も用いて、苦痛の軽減を図る。
3)医師患者関係を見直し、患者の立場を理解した上で、患者に正しい知識を与える。

詳しく説明する、きっちり通院させる、昼夜逆転は眠くても昼寝ず朝起きるようさせる、外用剤はシンプルに、話を聞く、抗うつ薬や抗不安薬を投与する。




《番外編》核酸医薬とアトピー性皮膚炎:横関博雄(東京医科歯科大学医歯学総合研究科生体環境応答学系専攻生体応答学講座皮膚科学分野)

NF-κBデコイ軟膏とSTAT6デコイ軟膏という、開発中の新薬の報告である。
著者は後者の開発者である。

いずれも、遺伝子の転写を調節する因子を邪魔することで、遺伝子の活性化を抑制する軟膏である。

NF-κBは、IL-1やTNF-αという、炎症を起こすサイトカインに関係し、STAT6は、同じくIL-4に関係する、物質である。
NF-κBやSTAT6を抑制するこれらの軟膏により、患者の体で起こっている炎症反応が抑制される。

実際にアトピー性皮膚炎患者への試用で顔の赤みに効果が見られ、さらなる臨床試験が検討されている。



さて、ここからは私のエッセイである。

日頃皆さんが目にする機会のないような、医学論文の内容である。
どうお感じになっただろうか。

私は、医師の考えていることは、確かにちょっと難しいと思う。
だが、まったく患者とかけ離れた高尚なことを考えているわけでもない。
発想の次元としては、似通ったものなのではないだろうか?。

「病態」とは、病気のありさまのことである。
つまり、アトピー性皮膚炎という病気が、実際にどんなふうに起こり、展開し、進むあるいは消退していくのかという、具体的な様子のことであると思う。

病気の治療は、当然ながら、病態にのっとって行われるべきものであろう。
それゆえにこそ、医師ももちろん患者も、病態を知ることを渇望する。
私自身も、そういう期待をもって、これらの論文を読んだ。

その結果、また改めて感じさせられたのが、
「アトピー性皮膚炎という病気の、あきれるほどの多様性・多面性」
である。

例えば、免疫系の細胞が関わるアレルギー性炎症が起こっている、
皮膚のバリア機能障害が起こっている、
痒みの感覚異常が起こっている、
菌の定着が起こっている(以上その1、その2より)、
そしてストレスも関与する(その5より)。

患者において、普通の人と比べてこうした異常な結果が、種々の科学的調査で繰り返し得られていることは、否定しようの無い事実だ。

ではどうして、こうした幾つものことが起きてしまうのだろうか?。
果たして、どれが原因で(あるいはより原因に近くて)、どれが結果なのか?。
研究は、それを突き止めるべく、それぞれの関連性を探っていく。

するとなんと、それぞれが原因になったり結果になったりという、極めて複雑な相互関係を持った上で、互いに促進しあいつつ、病像を進行させていっている、と思われる所見が、このように得られてくるのである。(その1、その2)

アトピー性皮膚炎の病態は、かくも複雑である。

現代医学の第一線の研究者たちが懸命になって、今少しずつ、成し遂げつつあるのは、アトピー性皮膚炎で起きている現象の断片をつなぎ合わせる作業なのだ。

私たちが到達しているのは、アトピー性皮膚炎の病態の、表面の部分をようやく過ぎて、奥の部屋の入口に立ち、中に何があるかの見定めを始めている、まだまだその程度の位置にすぎないのではないか?。

アトピー性皮膚炎の根本原因というものが、もしもあるのならば、それが存在しているのは、奥の部屋の中の最も核となる部分であるだろう。
私たちは、そこに辿り着いてはいない。

そんな気が、私にはしてならない。

そんな現時点においては、その1の中で語られている、
「アトピー性皮膚炎を、アレルギー性機序と非アレルギー性機序の部分を内包した、症候群として捉えるという考え方」
が、極めて妥当である、と私は考える。

その考え方とはつまり、「現時点で得られている科学的事実(アレルギー性炎症も、皮膚のバリア機能障害も、痒みの感覚異常も、その他も)を、どれも無視すること無く、全てを含んだ病気として、アトピー性皮膚炎を見よう」という考え方だ。

どうしてこうした多様な現象が同時に起きてしまうのか、それらを起こすアトピー性皮膚炎とはいったい何者なのか、について、私たちは、まだ全てを合理的に説明することはできない。

けれども、「その説明できないものをも、無視しないで視野に入れておく」ことは、潔(いさぎよ)いだけでなく、真実を求める者としての、正当な姿勢である。

そして、同じくその1の中にあったように、
「アトピー性皮膚炎の治療にあたっては、アレルギー性側面のみでなく、痒みを含めた非アレルギー性側面をも是正し、本来の状態を回復させる包括的な治療」
を、私たちは目指すべきなのだと思う。

アトピー性皮膚炎におけるこの多様な異常の、どれをも是正し、そして本来の状態に回復させていけるような方法でないのなら、それは、“治癒”を志向する治療とは言えない。
一時的に症状を抑制する治療である。

そして本来、患者が最も望んでおり、医療が究極に目指すべきなのも、一時的に症状を抑制する治療より、治癒を志向する治療である。

ところが、アトピー性皮膚炎の病態の解明がまだ途上であるということは、「患者がなぜ本来の状態から離れ、発症してしまったか。」という、言わば病気の根本原因の所を、残念ながら私たちはまだつかんでいない、ということを意味する。

であれば、来た道を知らない私たちは、本来の状態への帰り道をもまた、知らないのである。
そんな中でどうやって、“治癒”を志向していったらいいのだろう?。

そこで出てくるキーワードが、「包括的」なのだと思う。
包括とは、いろいろなものをひっくるめて1つにまとめる、ということだ。

個々の治療は、「アトピー性皮膚炎の1側面を、病態の分かっている範囲において、できるだけ元の状態に近づけよう。」という治療、である。
しかし、それらを総動員して元の状態に近づけていけば、本当に元に戻ったと言えるくらいまで、もっていくことができるのかもしれない。

皮膚のバリア機能障害を保湿剤によって補えば(その3)、痒みとヒスタミンの分泌を適正に制御すれば(その4)、ストレスによる悪影響を除けるようになれば(その5)、軟膏で炎症の悪化をくいとめていければ(番外編)、アトピー性皮膚炎の症状を構成する、多様な異常が築く山は小さくなっていき、全体として正常に近付くだろう、という予測である。

それが現在の、病態に基づくアトピー性皮膚炎治療であり、現代医学が辿り着いた現時点での到達点なのだろう。

再び、“病態から見た正しいアトピー性皮膚炎のマネージメント”という表題を振り返ってみる。

残念ながら、「病態」から引き出された、という言葉が想起させるような、根本治療は、ここにはない。
根本原因にいまだ辿り着いていない以上、それは当然のことである。

「正しい」というのも、現時点で分かっている範囲で、正しいと思われる、という以上のことを表してはいない。
さらに病態が深く解明された暁には、全く別のやり方が正しいものとなる可能性も、充分にありうるだろう。

図らずも、「マネージメント」という言葉が、こうした限界を認めるものとなっている。
「マネージメント」とは、管理だ。どう取り扱い処置していくかを示す言葉であり、治していく、という言葉ではない。

この講演を提供する側が、治癒までを期待できる内容でないことを自覚して付けた題名なのかもしれないし、「病態」や「正しい」という言葉から、そこにアトピー性皮膚炎の本態や根本治療へのヒントを求めようとした私の読み方が、そもそも間違いなのかもしれない。

いずれにしても、これは、つい昨年の学会で発表され、つい先月に刊行された論文の内容である。
最新の、現代医学のアトピー性皮膚炎治療の到達点を示すものであることには、違いない。

正しいアトピー性皮膚炎治療を求め続けている皆さんに、これを送ることで何よりも私が伝えたいのは、
「アトピー性皮膚炎の病態は、この程度まで解明されている、そしてそれ以上とか全てとかまでは、まだ解明されてはいない。」
という現実である。

医師たちは、その中で、より有効な治療を模索する。
患者もまた、そうしていくしかない。

様々な人が、「アトピー性皮膚炎の原因は◯◯だ。」と言う。
それは、その人の考えである。
いわば仮説であって、それが真実であるかどうかは、後世にならないと分からないだろう。

「アトピー性皮膚炎の原因は◯◯だ。」という考えを持つことが悪い、と言っているのではない。
人間は考える動物であるから、自分が必死になって何とかしたいと思っている事柄に対し、いろいろ考えを巡らすのは、至極当然なことであるだろう。
そしてそれくらいの意欲と情熱のある治療家でなければ、頼りがいもあるまい。

治療現場での苦闘の中で辿り着いたものであるのならば、それらの考えはきっと、何がしかの真実を含んでいるだろう。
それでも、このアトピー性皮膚炎という多様で複雑な病気においては、それはアトピー性皮膚炎の真実の「一部」であって、「全部」ではないかもしれない。
そういうことである。

だからこそ、異なったいくつもの主張が、現実に並び立っているのだと思う。

皆さんには、できることなら「包括的」な視点を持ってもらいたい、と私は思っている。
そうしたら、今自分が行っている治療が、どんな意味を持ち、何を期待できるのか、ということが、より明確に見えてくるのではないか、と思うからである。

新しい年に、皆さんの健闘を祈りつつ。

本年も、どうぞよろしく。

2009.1.  





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