「尻だけアトピー」







場所が場所だけに綺麗な言葉でなく恐縮なのだが、「尻だけアトピー」という概念を言っておられた皮膚科医がいた。
ご著書の中で書いておられたのを読んだという記憶を辿ってみたのだけれど、残念ながら今探しても見つけられない。

体全体のアトピー性皮膚炎はよくなってきても、なぜだか臀部だけしつこく湿疹の残る患者の方たちが一部におられる、というお話だったと思う。
読んだときは、その方たちは座るとき触れている何かが強いアレルゲンなのだろう、と思っただけだった。
だが自分のアトピー性皮膚炎がかなり癒えてきた最近になって、その部がしつこく残るという同じような体験に驚いている。

かの先生も皮膚科の専門研修を積まれた方だから、臀部の皮膚炎と間違いやすいような他の病気は、もちろんすべて除外した上での話である。
自分の尿や便に由来するカンジダ症や、足の水虫が股やお尻に付く白癬などの真菌(かび)感染、ブドウ球菌や連鎖球菌などの細菌感染、その他は当然鑑別されている。
アトピー性皮膚炎の症状の範疇に入るような、アレルギー性の湿疹・皮膚炎病変が持続しているということだ。

アトピー性皮膚炎は、湿疹・皮膚炎を基調とする病気だが、より持続の短いじんま疹型の発疹も、広い意味のアレルギー性病変として見られることがある。
私の場合は、夜中とくに就寝直後に痒みとともに膨らみ、朝には掻き傷を残してほぼ退いて消失している、じんま疹型の発疹が主に出現する。

こうした場合まず皮膚科医としては、悪化を招いている原因物質との接触を減らそうとする。
併せて、免疫系を整え、全身の反応性を減らすために、生活を正す養生を勧める。

前者を実現すべく、アレルギーもしくは刺激となっている物質を、臀部に触れている物から探していく。アレルギーと考えられる物は極力割け、刺激物質はその刺激が加わる時間の短縮を図る。

たとえば、いつも座っている座布団や椅子の素材にかぶれているなら、それを別の物に代えるだけで、湿疹ができなくなる。
アレルギーでなくても、蒸れやすい衣服で長時間座り痒くなるのなら、通気性の良い服に代えるだけで痒みがなくなるかもしれない。

だが、現実はたいていもっと複雑である。
一日中座らない生活をすることはできないし、座る素材や身に着ける素材にしても避けきれないこともある。
長距離ドライバーのお尻に何1つ当たらない状態になど、決してできないだろう。
できる範囲での改善をしていくしかないのだ。

お尻の座面に触れるところは、とても厳しい環境にさらされている。
だから元々お尻の皮膚や皮下組織は、結構丈夫にできている。

ひとたび座れば、強い圧迫や擦(こす)れとともに、触れる幾多の物たちの影響を受けるだろう。
圧迫は血流を阻害して修復能力を弱める。
ずれや擦れや皮膚に細かい傷を作り、アレルゲンなどの侵入を許す。
肌着が、ズボンが、スカートが触れる。
そのときその繊維が、保存料が、洗剤が、カビが、ダニが、いっしょに触れている。
間にたまった空気中のホコリは、見えない菌や大気汚染を含む。
座面はその素材に加え、経年変化で中や上に蓄積した汚れや微生物の影響もあるだろう。新品ならば逆に製造過程で触れた物が残っているかもしれない。
一方肌着の中には、尿、便、生殖関連分泌液の排出口がある。それらやその中に含まれている物の影響も受けずにはいられないのが陰部で、それらは容易に臀部に波及する。

こんなふうに、座っている皮膚が何に負けているのか、その犯人の可能性がある物だけでも途轍もなくたくさんあるのだ。
現実的な対処としては、いくつか違う環境を試してみて、その中でもっとも悪化しないものを選ぶことだろう。
その結果、除外した物に自分はアレルギーだったのだろうと判断し、類似の物は避けるようにする。
平行して、何が原因にしてもその影響を弱めるため、同じ環境に長時間い続けないように努める。ときどき椅子を立って歩き回るようにすれば、座位の影響を減らせる可能性はある。

一時は外食をするにもmy座布団を持参したような私だが、今では直接座っても、耐え難いようなことにはならない。
しかし、どこでいつどう座っていても、高確率で夜中にじんま疹が出る。日中は目立って皮疹が出ることはない。
交感神経などの働きで日中は痒みが抑えられているのだろう、ということは分かる。それでも。

触れた物の影響なら、その日(もしくは少し前までに)触れた物の種類や多寡によって、痒みやじんま疹の程度に差が出そうなものだ。
逆にもし毎日着ている肌着や衣服が原因なら、お尻以外の部分にも着ているところすべてに症状が出ても良さそうなものだ。
どうも、何かお尻に特有の、場所的要因があるのではないかという気がする。

「尻だけアトピー」は、お尻に触れている物のかぶれのせいだけとは限らないのではないか。
何かそこにアトピー性皮膚炎の病変が出現しやすくなる、体の共通の構造的原因があるのではないだろうか。
そのように思われて、かの先生の分類命名が至言と思い至った次第である。

その構造的原因とは果たして何だろう。
推測にすぎないが、二足歩行をするようになった人類の、座位をとるという特殊な生活形態、その際の重力の作用によるのかも、と私は思う。
体の中に取り込まれたさまざまな物は、重力により下方へ向かう。
そして臀部で圧迫されてよどむ。
溜まったアレルゲンたちにその場所で免疫反応が起こり、症状が表出するのではないだろうか。

これは他のアトピー性皮膚炎好発部位とも共通する状況に思える。
肘の曲がる側、膝の裏側は、四肢を曲げたときに血管や組織が折れ、流れがよどむ場所である。
首も大きな頭と大きな体のつなぎ目で、柔らかく曲がり大量の物質を必死で送っている細い通路だ。

そう考えると、乳児では肘や膝よりも四肢の外側に皮疹が出やすいことも説明できそうである。
乳児は長時間肘や膝を曲げて作業しなくてはいけないようなことはまずない。むしろ寝転んでいたりハイハイをしたりすれば、四肢の外側こそが、擦れ圧迫され重力もかかる場所になる。

お尻の発疹が外から触れた物のせいでなく、避け難く体に入り込んだ物がお尻の中から作用しているとすると、座る物を代えてもどうにもならないということになり、むしろ残念な情報かもしれない。
だけど、自分が不潔にしているせいではないかというような、悲しい罪悪感は持たずに済むのではないかと思う。
また、そこになるべく溜まらせないために、こまめに動くという対策も取れるのかもしれない。

掻くのも恥ずかしい場所ではあるけれど、人目に付かないという意味では助かる場所とも言える。
そんな変化も自分のうちと受け入れれば、きっと夜を恐れずにいられるだろう。


2017.5.  




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