皮膚科医は悪魔か








これは、刺激的な、危険なテーマである。
私自身が皮膚科医であるから、ともすると自己弁護に陥りかねない、またそうでなくてもそうだと受け取られかねないものでもある。
それゆえ、これまで言及を避けてきた。

しかし昨今の状況は、それでもここを通らなければその先に行けないようなものになってきているように、私は感じている。
それは、アトピー性皮膚炎治療を、ステロイド及びタクロリムス軟膏(商品名プロトピック;以下プロトピックと称する)主体でやっていこうとする一般皮膚科医と、それに納得できない患者たちやいわゆる脱ステ医との間の、溝である。

皮膚科権威筋は、ステロイド治療を標準治療と定め、それが正しいことをひたすら強調し続けている。
しかしこの熱心さに逆らって、ステロイドを使いたくない患者は、消えない。
脱ステ医もまた消されてはいないが、といって標準治療を変えさせるだけの力を持つこともなく、少数派をかこつ身で推移している。

思惑は三者三様のまま、それぞれが不満を抱き続けている。
そして随所で小さい摩擦を起こしているが、それらは、感情的ないさかいには至っても、理論の統合に至ることはない。


この軋轢(あつれき)は無駄ではないだろうか?。
アトピーを癒すという同じ目的を持った者同志が、いたずらにののしりあい憎しみ合う。
それよりは、協力して病に立ち向かうことに、エネルギーを使えないものなのだろうか?。

この何年も、私はずっとそう考えている。
「争いではなく」の記事でもそのことを書いたが、残念ながらその後も、いっこうに事態が改善する気配はない。

この状況を変えるには、どうしたらいいのか。
その一策として私は、まずお互いに相手を理解しあうことが、必要なのではないだろうかと思っている。


皮膚科医にしても、理由もなくステロイドを処方しているわけではない。
彼らには彼らなりの理論がある。

彼らがどうしてステロイドを出すのかが理解できれば、ステロイドを使いたくない者がそれに対処する仕方も、また別の道が見えてくるのではないだろうか。
ステロイドの必要性と、不必要性を、より深く把握することが、できるのではないだろうか。

理解なくして解決策はないだろう。
私はそう考える。
だから今日は、この危険なテーマに、蛮勇を振り絞って取り組もうと思う。

多分いつか誰かが、これをしなければならないのだ。
だとすれば、皮膚科内部の者であるこの私に、ふさわしい役回りではないだろうか?。



さあそこで、これから、皮膚科医がどういう思考でもって、ステロイドを処方しているのか、という私なりの考えを、皆さんにお示ししようと思う。


まずお断りしておくけれども、これから書くことは、私が今まで見聞きしてきた事柄に基づく。

それは、医師として患者や医学界に接してきた経験、友人・知人であるアトピー患者ならびに医師たちの実態、新聞・テレビなどのメディアからの情報、本から得た知識、そしてインターネット上に広がる患者たちの生の声やその他の雑多な情報、という広範なものではあるが、一個人の限界として、無知や偏りもあるかもしれない。

そこはご寛恕下さり、必要ならばご指摘を下されば幸いである。



さて、本題に入る。
以下は、かつてこのサイトのゲストブックに書かれた書き込みである。

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ステロイドは悪魔の薬。
馬鹿皮膚科医どもは善良なアトピー患者をステ・プロ漬けにし、
余計に悪化させて一生治らないようにして金儲けをしている。
そもそもステロイドはアトピー性皮膚炎の治療薬ではない。
そして有効だというデータは何もない。
副作用が出ているのを患者の塗り方が悪いからだと責任転嫁。
使えば使うほど止められなくなってどんどん効かなくなっていく。
そして今はステロイド薬害被害者の山。
僕は皮膚科医と製薬会社は全て知っていてかつ自らの高収入を維持するために
都合のいいシステム(ステロイド使用を推奨する)を確立させたと信じていたのですが
このサイトを見て よくわからなくなりました

  (データNo:22 2005年06月04日(Sat) 00:09)
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この方は、私のサイトを見て考えを変えて下さったようで、今更これを引き合いに出されるのはご迷惑かもしれないけれども、お許し頂きたい。
これを出してきたのは、現状の標準治療皮膚科医に対する批判を、非常に端的によく表した文章だと思うからである。

患者や一般の方々の中で、こういう考えがあるらしい、ということを、私は、インターネットを通じて初めて知った。
おそらく未だに知らない皮膚科医も少なくないのではないかと思う。
同様の考えを書いた書き込みを、今でも時折インターネット上で目にすることがある。


この内容を否定し、皮膚科医の名誉回復を図りたい、とは私は思わない。
しかし、事実ではないので否定したい、と思う部分はある。

それは、『金儲けをしている』『高収入を維持するために』という部分と、『一生治らないようにして』、という部分である。
すなわち前者は、<皮膚科医が患者にステロイド・プロトピックを処方する目的は、金儲けだ>という考え、そして後者は、<意図的に患者を病気にしている>という考えである。

それは、違う。


まず金儲け云々、だが・・・。

高収入を得たがる医師がいないとは言わない。しかし医業は、仕事であって、投資ではない。
患者の病気を診断し治療するのが、医師の仕事である。皮膚科医はそれをしているにすぎない。
ただ、ステロイドを、プロトピックを使わせることが治療だと、信じているにすぎないのだ。

患者が増えることで皮膚科医は儲けさせてもらっている、という見方もできるかもしれないが、それは結果として生じている現象である。
皮膚科医が儲けようとしたために患者が増えたのではない。

そして、意図的か、という問題。

ステロイド外用剤の長期的な副作用の可能性が目に見えるようになってきたのは、ようやく1990年頃からのことである。

1950年代に臨床で使われるようになって以来約40年、この間次々により強力なステロイドが開発され、誰もがその劇的な効き目に心を奪われていた。
けれども、薬が強くなることは副作用も強くなるということであり、歴史が長くなることは長期に使う患者が増えるということであった。

そうなって初めて、リバウンド現象(ステロイド外用剤の連用を突然止めた際の症状の激しい悪化)や、効力の低下の可能性が、臨床の場で見られるようになってきたのである。

つまりそれまでは、ステロイドという薬が『使うほど止められなくなってどんどん効かなくなっていく』ようなものかもしれないという懸念が、持たれることはなかった。

知らない効果を悪用することなど、できるはずもない。


では、1990年代以降はどうか。

皮膚科の日本の権威筋は、現在に至るまで、ステロイド外用剤の長期的な副作用の存在を認めていない。

リバウンド現象については、一時皮膚科でも報告され議論されたが、ステロイドの強度を少しずつ落としていくなどの適正な使い方をすれば、起こさずにすむ現象だと結論付けられた。

今年4月の皮膚科の学会でも、ステロイドの長期使用例の報告を挙げ、問題となる副作用は起きていないとする発表がされていた(最強クラスのステロイド外用剤1日約50gを何年もつけていたのが、問題なく止められたという乾癬患者例も報告された)し、今月の皮膚科の雑誌に、ステロイドのタキフィラキシー(使用を続けると効力が低下する現象)は薬理作用としてはあっても、臨床上問題となる効力の低下は生じていないとする論文が掲載されていた。

これが二枚舌であるとすれば、何をか言わんやだが、少なくとも内部の人間として私が皮膚科医たちに接する中で、「実はそうじゃないんだよね。」という話は、いままで聞いたことがない。
私がひどい悪化で引き蘢っていた頃も、心配する何人もの知人の皮膚科医に、「ステロイドをつければ良くなるんだよ、ちゃんと治療を受けなさい。」という説得を受けた。

彼らは、ステロイドを適正に使って悪くなることがあるとは、全く信じていない。

だとすれば、その存在しない効果を狙った計画など、やはり立てようもないだろう。


もう1つの薬、プロトピックについても論じておこう。

この薬の場合はまだ歴史が浅く、今まさに、劇的な効き目に皆が心を奪われている時期である。

ここに至って、顔面の酒さ様皮膚炎(薬の使い過ぎにより、にきび、赤みなどが生じること)の報告は出ているが、ごく少数であり、現在のところ、ステロイドの酒さ様皮膚炎よりむしろ軽症と捉えられているようである。
リンパ腫の発生という副作用は危惧されているものの、「何もしなくてもリンパ腫になる確率より高くない」という報告もあり、因果関係は証明できていない。

よっていずれも皮膚科医は、適正使用によってクリアできること、と考えている。
『全て知っていて』患者を薬に嵌めようとしている、のではない。
むしろまだ誰も、真実がどこにあるかを知らないのが、現状なのである。


以上のように、
<皮膚科医がアトピー患者にステロイドやプロトピックを投与するのは、意図的に患者の病気を悪化させ、その結果治療費で儲けようという企てである>
という考えは、事実ではない。
作られた考えである、と私は思う。

長々と説明してまでそのことにこだわるには、訳がある。

ひとつには、解決への方向性が全く違ってくる、ということだ。

もし皮膚科医が、悪意をもって故意に患者を苦しめているのなら、迷うことはない、誰が考えても皮膚科医が悪い。
犯罪者を裁くのと同様に、皮膚科医を糾弾し、罰し、二度と同じ行為をできないようにすればいいだろう。

これはそういう問題ではないのだ、と私は言いたい。

もうひとつ、こうした見方は、感情のもつれに繋がっていく。

標準治療皮膚科医と脱ステ医が、さながら悪の化身と正義の味方の構図になり、患者は被害者意識を強くして恨みに捕われる。
事態は歪み、解決から遠ざかるだろう。

なんと不毛なことではないか。



さて、皮膚科医は悪意でも患者を病気にしたいわけでもない、ということをまず述べた。
ただしここで、蛇足を付け加えておきたい。

こうした考えがどうして生まれたのか、を、私は考える。
頭のおかしい患者の妄想なのか?。マスコミの煽り?。民間療法業者の販売戦術? ・・・いや、どれもおそらく、正鵠(せいこく)を射ていない。
それは、アトピーという難治性の病気に加えて薬の悪影響をも、という迷宮に嵌り込んだ患者の、どうにもならない怒りの行き場だったのではないか、と私は想像する。

自分の病気を良くしてくれるものと信じてずっと使ってきた薬が、ある時、もしかしたら病気を悪化させるものだったのかもしれない、と知ったときの患者の驚きと衝撃は、察するに余りある。
何の懸念も疑念も語らずに、訳知り顔でその薬を出し続けた主治医が、極悪非道の輩(やから)に見えたとしても不思議はない。

無力な皮膚科医の一員として、ひたすら頭を垂れる思いである。



話を先に進めよう。
悪意でないなら、皮膚科医はなぜ、ステロイドをプロトピックを処方し続けているのか。
これが標準治療だと頑(かたくな)に言い張り続け、それを使わない治療を決して認めようとしないのか。
『ステロイドは悪魔の薬』かも、と思う患者の疑念を、受け入れようとしない理由は、何だろうか。

それは、これがもっとも有力な治療の方法だと信じているから、に他ならないと思う。
もしくは、他にそれ以上に有効な実現可能な治療の方法を見出せないから、という言い方をしてもいい。

内服抗アレルギー/抗ヒスタミン剤がアトピーの湿疹を消退させる力は、外用ステロイドに及ばない。
保湿剤には消炎作用はない。
そのため、皮疹を軽減させるための治療の主体は、どうしてもステロイドとプロトピックになってくる。

それらは、外用すれば少なくともその当座は、即効的に確実にその強度なりの、皮疹軽減という効果を示す。
これほど医師の面目を立てるものはない。

ひどい状態で、「何とかなりませんか」と訴える目の前のアトピー患者に、皮膚科医はいつも何かをしなければならないのだ。
それは、「おかげさまで良くなってきました」と患者に感じてもらえるような、何かでなくてはならない。


1990年代、ステロイドの問題点が言われるようになってからは、それ以外の治療法の可能性を探る動きも、もちろんあった。

外用剤の工夫(亜鉛華軟膏、タール剤などの古典的外用剤の活用、保湿剤)、あるいは脱保湿剤療法、消毒ないし抗菌療法、種々の健康食品、漢方薬、光線療法、グリチロン製剤などの注射、メンタルケア、入浴療法、あるいは入浴断ち療法、水療法、食養生、絶食療法、除去食療法、徹底した掃除、その他可能な限りのアレルゲンの確認と排除・・・。
挙げればきりがないほどある。

それほどの幾多の治療が行われた中で、しかし一定の評価を得て治療の定番として定着したのは、保湿剤の外用と、小児における除去食療法くらい、さらにそこそこ有効とされているものでも、光線療法、漢方薬くらいなのである。
その他はみな、廃れたり、ごく限られた施設での実施になっている。

それはとりもなおさず、それらのほとんどが、標準的にアトピー患者に施すにふさわしい治療だとは判断されなかった、ということを示している。
その理由は、不都合な副作用を有するか、実行性に問題があるかだったかもしれないが、まず第1の理由は、充分な有効性が認められなかったということであっただろう。

つまり、脱ステロイドの試みは、成功しなかったのだ。


当初脱ステロイドの必要性が叫ばれ出した頃には、まるで、「ステロイドを止めさえすればアトピー解決」というような、イメージさえあった。
そして事実、ステロイドを止めることを実行しただけで、皮疹の軽快を手に入れた患者たちがいた。

その事実は、「今までステロイドを使っていたことは、いったい何だったんだ?。」「ステロイドを使うことは、ひょっとして間違ったことなんじゃないか?。」
という疑問を、患者と、そして一部の医師たちに抱かせるのに充分な、衝撃的事実であったに違いない。

しかし正確に言うと、ステロイドを止めることは、アトピー性皮膚炎を治す方法ではない。
ステロイドにより皮膚と体が被った悪影響から抜け出すことであって、その結果は、薬に修飾されない、本来のアトピー性皮膚炎の状態に帰結することに他ならない。

けれどそうはいっても、薬で症状が隠されることがなくなるので、自分の皮膚の調子の変化やそれを引き起こす悪化因子が把握し易くなり、悪化を回避しやすくなる可能性はある。
体に悪いことをすればすぐ症状が出てつらくなるから、自分を律する態度が自然に身に付くかもしれない。

そのことと、ステロイドの悪影響がなくなることとの両方で、患者は軽快するのだと考えられる。

しかしこうした幸運な経過をとる患者は、残念ながら多数派ではなかったのだ。


患者が、ステロイドから離れようとすると、しばしばつらい症状の悪化に見舞われる。

それがステロイドを突然断った直後なら、リバウンドだからとただ我慢させることもできるかもしれないが、時間を経て尚生じる悪化は、リバウンドともアトピー性皮膚炎の悪化とも判じ難く、ただ待っていても、改善はいつ訪れるか分からない。
始めからステロイドを使わすにいれば、リバウンドに苦しむことはないが、アトピー性皮膚炎悪化の苦痛は、やはり患者を苛(さいな)む。

これらの苦痛から患者を多少なりとも解放し楽にする何か、もしくは今はつらさを我慢させてもそれが報われるような、アトピー性皮膚炎軽快の方向に確実に患者を持っていく何かの方法論を、医師は持っていなくてはならないのだ。

その何かに、ステロイドでもないプロトピックでもないその何かに、なりうると期待された幾多の試みは、患者と医師たちの大きな期待に応えるものとなれなかった。

中には軽快した患者も、いないとは言わない。だけれども明瞭に、それが自然軽快を上回る有意の改善だと、医学界の認める形で呈示することには、どの医師も成功してこれなかったのだ。


かくして、一般の皮膚科医の考えは変わらない。
脱ステロイドのほうが、ステロイドよりも、患者を改善させるという、明確な資料がない限り、「アトピーにステロイドを使わない方がいい」という考えは、皮膚科医にとっては風説の域を出ない。

医師は風説ではなく、科学的事実に従うべきものだ。
効くことが分かっている確実な治療を行うべき、と考えれば、ステロイドとプロトピックを使うことは、当然の結論なのである。

さらに言うならば、このような状況下では、頻繁に医学文献を調べてできるだけevidenceのある治療をしようとするような、まじめな皮膚科医ほど、脱ステロイドに科学的根拠を見出せないかもしれない。
少しでも患者さんをより良くしてあげなければいけないと思う、使命感の強い皮膚科医ほど、科学的に確実に効くステロイドやプロトピックに、最上の意義を見出してしまうかもしれない。

「勉強しない、やる気のない皮膚科医だから、ステロイドに頼る」という図式ではない。
そこにも、この問題の皮肉がある。



さて、皮膚科医が脱ステロイドには転ばず、ステロイド・プロトピックを信じ続けてきた経過を書いてきたが、おそらく私のサイトの読者の大半である、脱ステロイドを指向する方たちは今、にわかには信じられない、割り切れない気持ちでおられるのではないだろうか。

医師と言えば、受験エリートでもある、かなり頭のいい人たちであるはずである。
そして言うまでもなく医業は、人の体を直接左右する、責任重大な仕事である。
そんな医師たちが、その仕事を行う手段である薬の、重要な副作用の可能性に、そういつまでも気付かないでいるということが、あるものなのだろうか?。


それが、ある、のだと思う。
同業者として皮膚科医たちと交わる機会を得ている私の観察の結果はそうであり、またそれは、この記事の検証の結論でもある。

皮膚科医に罪があるとすれば、それはまず第1に、無知の罪と言えるだろう。
だとすれば、冒頭に引用した文章の『馬鹿皮膚科医』という表現は、言い得て妙でもある。
皮膚科医は、悪意の輩であるという意味で『馬鹿』ではないが、無知であるという意味では『馬鹿』になってしまっているのかもしれない。


患者の方たちの多くは、ステロイドを連用した感触を、自分の肌で感じている。
「段々効きが悪くなってきた気がする」「止めるとすぐ悪化するから、止めるに止められなくなる」といった感想は、その実体験の中から自然発生的に出てきたものだろう。
だから患者にとってそれは明らかな事実でも、皮膚科医にとってはそうではない。

個人主義と情報社会の発達した今日、患者は自分で医師を選ぶし、場合によっては医治を受けないことさえも選ぶ。
標準治療を嫌う患者は、標準治療を標榜する皮膚科医に近付かない。
あるいは、標準治療を止めようと思った時点で、標準治療の皮膚科医を見限る。

「ステロイドの怖さ」でも書いたように、本来専門家である皮膚科医が、ステロイド使用が飽和状態に達した患者を見る機会は、思いのほか乏しいのである。
彼らが日常診ているのは、ステロイドをつけ続け、それを必要としている段階の患者たちだけなのだ。


それでも、皮膚科医の耳に何の雑音も入って来ないとは言わない。

例えば今私が診療見学に通う皮膚科でも、初めて受診するアトピーの患者さんが時々いるが、その中に「ステロイドを使いたくない」と言う人は多い。
医師から標準治療をすると言われ、長時間話し込んだ末に、それきり来なくなる患者さんがおおよそ7割、標準治療をすることにして通い始める患者さんが3割、といったところだろうか。

アトピーの患者さんに特に治療に納得しない人が多い、ということは、おそらくどの皮膚科でも感じていることだろう。

しかし、これもまた「ステロイドの怖さ」で書いたことなのだが、そういう方は大概ステロイドの使用を休んでいる人たちだから、もし納得してくれて使い始めれば、その当座はまた非常によく効く。
つければこんなに良くなるという場面を目の当たりにして、皮膚科医はまた、やはりこれが正しい治療だという信念を深めてしまう。

ステロイドを拒否して来なくなってしまった人たちは、間違った認識ゆえに損をしている、というふうに思えてきてしまうのである。

また、そうしてステロイドを拒否していて久し振りに皮膚科に来たという患者さんたちの中には、一部であるが、皮膚の感染症などで重篤な状態になってみえる方もある。
自分ではどうしようもできなくなって、おいでになる決意をされたのだろう。
そうした方を見て皮膚科医が思うのもまた、こんなになる前にきちんとステロイドで治療すればいいのに、ということなのである。

そんなふうにして、皮膚科医が診療する日常は、ステロイドへの傾倒を強める方向へ向かう。
ステロイドを否定する考えは、むしろ現場を知らない者の世迷い言に思えてしまう。
ステロイドでは駄目だという患者の訴えは、皮膚科医を変えるだけの力を持つことができない。


そしてこの状況を促進している因子が2つ、あると思う。

1つの因子は、アトピー性皮膚炎の増加・難治化、ひいてはアレルギー疾患全般の増加難治化である。

アトピーが成長とともに容易に自然軽快していた頃なら、決して問題は深刻にはならない。
ステロイドを使ったとしても、いくらもつけない内に治ってしまい、医治を受けずにいてもやはりじきに治ってしまうなら、どちらにしても問題はない。

ところが今はそうではない。
現代の環境の悪化と生活の乱れが、容易に改善軽快しない、深刻な状態の多数の患者を作り出している。

いきおい薬の投与量も増えるから、患者は副作用に苦しむ可能性が高くなる。
医師は当然これを心配するのだが、それでもなお、皮肉なことに医師にとっては、症状が強くなるということは、より強い薬をより長く処方せざるを得ない、ということを意味するのである。

皮膚科に限らず、喘息でも、アレルギー性鼻炎でも、アレルギー性結膜炎でも、今日その治療の切り札は、ステロイドである。
皮膚科を初診の患者が、すでに鼻炎でステロイドと抗ヒスタミン剤の合剤を内服していたり、ステロイドの眼軟膏を使っていたり、ということが、日常茶飯に認められる。

患者は症状の沈静化を求める。
医師がその強い症状に対処するために、日常的に最後の切り札を切らなければならない事態に陥っている。

この全科的傾向の中で、ひとり皮膚科医だけが超越することは非常に難しい。
ステロイドを、それでも駄目ならプロトピックを出さなければ、廻っていかない状態に至っているのが、今日の現代医療である。


さらにもう1つの因子として、アトピー性皮膚炎の原因治療が未だない、ということがある。

アトピー性皮膚炎はアレルギー疾患であるのだから、その根本治療は、アレルギーを起こさない体にすることであるはずである。それがすなわち、治癒であろう。

しかし、その方法は医療のレパートリーの中にない。
長期の除去食継続によるその食品への耐性の獲得、花粉などの長期少量投与による鼻炎の軽減を除いては、現代医学において、患者個人の体のアレルゲンへの反応を、起こらない状態に治す方法というものはない。

ステロイドなどの治療は、出てしまった皮膚の炎症を抑えるだけである。
そして先に挙げた脱ステロイドのさまざまな治療もまた、皮膚の状態の改善か、全般的な体質強化による反応性の低下を図るものである。

原因治療、根本治療でないのだから、治りきらなかったり再燃したりしたとしても、それは理論的にはむしろ当然の結果と言える。
反応性が0(ゼロ)になるまでに回復しているのでなければ、そのアレルゲンに接することで、患者には再び症状が出る。

患者は治癒の夢を見るが、皮膚科医に実現できること、彼らが目指しているものは、当座の症状の軽快にすぎない。
目的がそれならば、今確実に最も症状を抑え込むことができるステロイド(あるいはプロトピック)という薬が、最も優れた治療法なのである。



以上のような現状の中で、皮膚科医は日々の診療を行っている。
患者の予想外の反発にしばしば戸惑いながらも、標準治療を信じる気持ちで行っているのだと思う。

そんな彼らは、ステロイドやプロトピックの長期的使用の害を信じない。
それらが症状を確実に改善してくれる薬であるとしても、本来の健康体から遠ざける薬である可能性を危惧する患者の心情を、理解できない。

「これをつけていても、よくならないんです。」と訴える患者。
「そんなはずはない、ステロイドはとてもよく効く薬なのだから。」と、皮膚科医は驚き、戸惑う。
そして、「どこにこの矛盾の原因があるのだろう?。」と考え始める。

よく聞いてみると患者さんは、「一時はずいぶん良くなっていた。」と言う。
その後どうしたかと聞くと、「良くなったから、薬を塗るのを止めた。」という。
そしてその後、皮膚症状が再燃している。

止めた時皮膚はどんな状況だったか、すっかり良くなっていたのかと聞くと、患者さんは「そう言われれば、少しは残っていたかもしれない。」と答える。
そこで皮膚科医は得心する。
「皮疹がすっかり良くならない内に外用を止めたのが、再燃した原因だ。」となる。

あるいは、副作用を恐れる患者は、ステロイドをつけるのを最小限にしようとする。
外用量も回数も期間も、なるべくはしょる。
この、「こわがり塗り」と称されたりする塗り方も、皮膚科医に理由付けを与える。
「しっかりつけないから、良くならないのだ。」と彼らは考える。

また、見ていると患者さんは、診察室でも耐えきれずに掻いている。
もしくは、掻爬痕でいっぱいの肌を、皮膚科医に見せる。
「こんなに掻いて傷付けていたら、治るものも治らないんじゃないか。」と皮膚科医は考える。

そこで、ちょうどにきびの悪化要因としてある皮膚科医が提唱していた、<嗜癖的掻爬行動>という言葉が頭に浮かぶ。

「掻かないようにしないといけませんよ。」といくら言っても、患者は掻く。
日常を痒みとともに暮らしている患者にとって、掻くことはすでに生活の一部である。
いちいち意識しないで、掻いていることもあるだろう。

そんな時に突然、「今あなたそこを掻いていましたね、痒かったんですか?。」と聞かれたら、どうだろうか。
「え、そうですか?。いや、それほどでも・・(^^;)。」と、思わず答えてしまうのではないだろうか。

掻くという行為は格好悪い、体裁の悪いものである。
患者はそんな自分を恥じている。
痒がっているということを、はっきり人に言ったりしたくないし、なるべく意識しないようにもしていると思う。

しかし皮膚科医はそこを取り上げる。
そして、「痒くないなら掻いたらいけないでしょう。」と、駄目を押すのである。
かくして、<嗜癖的掻爬行動>もまた、患者が良くならない理由とされる。


このように、「効くはずのステロイドが効いていない」という矛盾した現象に、皮膚科医は、「患者の『塗り方が悪い』」とか、「患者が掻くから良くならない」という考えで理由付けをしている。
そうして、彼らの頭の中で、事態の整合性は保たれるのだ。

冒頭に引用した文章にある、「それは『責任転嫁』だ」という患者の受け取り方は、私はしごく妥当だと思う。
しかし皮膚科医には、責任転嫁しようという意識はない。
ただ、自分たちのしていることの正当性をまだ疑わずにいていい理由を、見つけてしまった、ということなのだと思う。


同様のことがおそらく、アトピー標準治療を推奨する皮膚科権威筋のプロパガンダにも言える。
「他の治療に惑わされれば患者は苦しむ」と信じて、標準治療の正当性を強調し続けているのではないだろうか。
そもそもそれは、実際に無効な民間療法を頼って悪化した患者たちを見て、「こんな目に遭わせてはいけない」と感じた、専門家としての責任感から、始まったはずなのだ。



ステロイドとプロトピック主体のアトピー標準治療の正当性を信じる皮膚科医の信念が、それに異を唱える患者や一部の医師たちによって、揺さぶられている。

皮膚科医はその気配を感じ、戸惑っている。そう、ひどく戸惑っているのだと思う。

なまじっか頭が良く、またそう自負する者であるほど、自分が間違っているかもしれないと考えることが、あるいは難しいのかもしれない。
彼らはその知力を、自分が正しいと理論づけることに使う。

騙したいのでも、厚顔無恥なのでもない。
ただ戸惑い、自己の正当性を維持するのに、必死になっているのだと思う。



皮膚科医も人間であり、超越者ではない。
彼らが何を考えて診療を行っているのか、なぜ現在のような振る舞いに立ち至っているのか、いくらか理解してもらうことができただろうか?。

皮膚科医を、あるがままの姿で、見てほしい。
そして、感情的な非難ではなく、改善のための議論を、皮膚科医に向けてほしい。
ステロイドを止めて良くなったのなら、できるものならその姿を皮膚科医に見せて知らしめてあげてほしい。


ステロイドなしで、軽快への道を探る選択肢があってもいいことを、
そうして苦労しながらも豊かな人生を送っている患者たちが実際にいることを、
ステロイドによると思われる悪影響を被って苦しむ患者もいるということを、
皮膚科医が理解する日のために。

ステロイドを使いたくない人も、ステロイドで症状を抑えたい人も、それぞれ満足な医療を受けられる日のために。


ステロイドを処方する皮膚科医でもあり、ステロイドを使いたがらないアトピー患者でもある私は、イソップ童話のコウモリの立場にいる者である。
それゆえ、この問題には心を痛めざるをえない。
けものたちも鳥たちも、どちらも真剣であることに変わりはない。ただ主義主張が違うだけなのだ。
もっと理解し合い、協調できるはずだと私は思う。



最後にひとつ、追加を。
読者の中で、この記事があくまでも皮膚科医の言い訳にしか思えない方も、あるいはおられるかも知れない。
その方が二度と私のサイトを訪れなくなるとしても、そのことを私は受け入れるだろう。
ご不快な思いをさせたことを、お詫びしておきたい。


2007.6.  




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