患者の不満



時折、皮膚科学会に行く。
最新情報と、自分にとって未知の知識を仕入れるために。

アトピー性皮膚炎患者をどう診ていくかは、多くの皮膚科医がつねに強い関心を持っている主題の1つだ。
とは言え、新薬が承認された直後などでもなければ、そうそう目新しい情報はない。

昨今の皮膚科学会で見られた提案を挙げてみる。
「ステロイドやタクロリムス(プロトピック)の外用剤を、よくなってからも塗り続ける(プロアクティブ療法)」
「よくならないなら(推奨強度を上回っても)1ランク上のステロイド外用剤に変える」
「状態の悪いときは翌日や3日後などと頻繁に来院させる」
・・・・・。

聞くほどに、心にもやもやがつのっていく。
どうにも「無茶振り」にしか思えない。
1つずつ検証してみよう。


「ステロイドやタクロリムス(プロトピック)の外用剤を、よくなってからも塗り続ける(プロアクティブ療法)」?

ステロイドやタクロリムスは、アトピー患者の皮膚を、アトピーでない正常な皮膚にする薬ではない。
アトピー患者の皮膚に生じた皮膚の炎症(=湿疹もしくは皮膚炎)を治す薬である。
だから今までは「炎症が完全に治まるまで塗りましょうね、まだ赤く盛り上がっているのに、よくなったと止めてしまってはだめですよ。」だった。

それを、皮膚炎が治まってもまだ続けろという理屈はこうだ。
新しい血液検査のTARC(タルク)が一定値以下になるまでは、たとえ皮膚がきれいになったように見えても、まだ炎症は完全に治まってはいない。
だから、目に見えないその炎症まで治すために、塗り続ける必要がある。

しかし目に見えない炎症なら、全身の皮膚のうちどこにその炎症が残っていてどこには残っていないのか、判断のしようがないだろう。
炎症が治まっていない場所に塗らなければ治療不足、治まっている場所まで塗ってしまえば治療過剰。
どちらにしても患者は適切に外用できていないことになってしまう。
なんともストレスフルな治療計画である。

実際に患者の方たちを診ている皮膚科医なら知っているが、ある程度以上症状の強い方では、どれだけ一生懸命塗っていても、皮膚が完全に赤みもなく平らになるまでいかないことはよくある。
原因の方が断ち切れていないまま対症的に治そうとしているのだから、無理もない。
患者の皮膚では、エンドレスに再燃のくり返しが起きている。

その中で「再燃しないほどしっかり」症状を軽快させようという、いわば空を切るような努力が続けられている。
どこまで治療すべきかという範囲が、果てしなく拡大されていくだけの結果にならなければいいのだけど、と思う。


「よくならないなら(推奨強度を上回っても)1ランク上のステロイド外用剤に変える」も同様。

皮膚炎のひどさと外用部位を評価し、外用すべきステロイド剤の中で適正なランクの強さのものを選べることは、アトピー性皮膚炎診療医に望まれる専門知識の一部である。
皮膚科専門でない医師でもそれがわかるようにと、ガイドラインとして細かく明文化もされている。

掟(おきて)を定める立場の者たちが、掟破りを推奨する。
この事態をどう言ったらいいだろう?
ガイドラインは原則。法律ではないから?
十分な専門的見識を持った医師の裁量は、原則を超越するものだから、いいのだと?

それを正当とするか不当とみるかはどうでもよい。
見えてくるのは、ただ、
「まじめな医師が正しく原則に従って治療をしてもアトピーは治せない」
のだな、ということ。


「状態の悪いときは翌日や3日後などと頻繁に来院させる」?

これはもう笑うしかない。
厳しい社会生活を病身で送りながら、そんな暇と余裕を持ち合わせている患者がいるか?
苦笑とともに、腹立たしさすらこみ上げてくる。

3日にあげず再来した患者の労に報いるほどのどんな素晴らしい奥の手を、その医師が持っているというのだろう。
万一持っているのだとしたら、どうしてそれを出し惜しみするのだろう・・?


強力な外用剤による瀕回大量の濃厚治療は、つねに過剰投与と背中合わせだ。
標準療法を超えた例外的処方は、いわば禁じ手。
専門医集団による第一線の学会が、禁じ手に活路を見出すしかないでいるのが、最新のアトピー治療なのである。


この他にも、言うに事欠いて「アトピー性皮膚炎治療が楽しくなる」と題した講演まであった。
これを「嘆かわしい」と言ってはいけないだろうか。

自分の診ている患者の大半が良好な経過をとっていれば、医師は毎日が楽しい。
けれど、普通の治療のしかたをしていては多くの方を救えない、難しいアトピー性皮膚炎という病気。

それを専門に担当していれば、どれほど腕の良い医師であったとしても、中には経過の良くない患者が無視できないほどいるはず。
それらの患者を思う度、苦しまないのか。
自らの力不足を、嘆き悩まないのか。
そうして悩み苦しみながら精進を続けていくのが、医師というものではないのだろうか。

自分が、ほんとうに他の医師より良く治せているか?
自分が強いステロイド外用剤などでいったんは改善させたと見えた患者が、その後またもや、あるいはさらに悪くなってどこかで苦しんでいたりなどはしないか?
目の前にいる患者の皮膚は、長年のステロイド外用剤の副作用で傷み変質しているのではないか?
自分が正しいと信じている知識は、ほんとうに正しいのだろうか。

こうした疑問を日々抱くことなく、ただただ自分を他の医師より優秀なアトピー診療医だと思っていられるのだとしたら、それは自己満足に他ならないと思う。


病気の経過が良ければ、患者は幸せだ。
しかし、思うように治らなければ、あるいは改善しなければ、必ず患者は不満である。
医師はその不満を見て取り、受け止め、できる限り解消すべく努力しなくてはならない。

ほとんどの皮膚科医は、アトピー患者のこうした不満を肌で感じているだろう。
学会で虚勢を張っている中枢の医師たちとは違って、その鬱屈した現実に日々直面せざるを得ない状況の中で、苦悶しているに違いない。

不満の感情に向き合い続けるのは、とても居心地が悪いことだ。
その鬱憤と、自分の中でどう折り合いをつけていこう。
悩みすぎて、医師自身の精神に損傷をきたしても、誰の得にもならない。
ときには不感症になることも必要なのかもしれない。

不満な患者もつらい。
どうして自分の病気はこうもよくならないのか。
こんなに一生懸命、治療に励んでいるのに。
他の人より、ずっとずっと苦労して頑張って生きているのに。

快癒(かいゆ)が得られる日まで、この澱(よど)みが去ることはない。
その感情がまるで存在しないかのように無視するよりも、
あるという事実を認めることで、少し気持ちが楽になれるのではないかな。

病気は誰だって嫌だし、病気に対していらついたりもする。
具合が悪いときに幸せを感じるのは難しいし、大した病気じゃないと思えと言われても無理な話。

抑えようとしても、鬱屈した感情はどこかに顔を出す。
そうして患者は医師を恨み、医師は患者を煙たがる。
その方が何倍も不幸だろう。

患者たちと医師たちは、ともに溺れかけている人々のようなもの。
足の引っ張り合いをしている場合ではない。
共に浮かび上がり、岸へ辿り着くことを決してあきらめない。
そうしてたゆまぬ努力を続けていくことの中にしか、解決はないのだと私は思う。

2015.06.  
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