[農薬という神経毒]



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家屋のシロアリ対策のコマーシャルをテレビで見るようになった。
家を「おいしい」と言う意外性はブラックユーモアとも言えるかもしれないが、シロアリを模した人々が画面に広がり埋めていく気持ち悪さは、どうにも頂けない。

確かにシロアリはいやだ。
とてつもなく高い買い物である家が台無しになっては、本当に困る。
だけど、だから家に薬剤を仕込めば良いという発想は、非常に恐ろしい。

「生き物をやっつける」効能のある代物は、基本的に"毒"と考えられる。
殺虫剤は虫を殺す。
農薬と呼ばれる物も、害虫を殺す目的だから同じ。
煙でダニを燻蒸、スプレーでゴキブリを、揮発成分で蚊を倒す。
クロアリやネズミの餌は、文字通り毒餌と称される。
除草剤は、植物を枯らすために。
抗生物質が細菌を殺し、抗がん剤が癌細胞を殺すのでさえ、同様の働きに他ならない。

それらは、生き物の細胞のどこかをターゲットとしている。
人間という生き物が、体内にそのターゲットと同じような何かを有していれば、そこもまた攻撃の対象となるのが、自明の理である。

現代建築技術の発展の中で、シロアリを寄せ付けないために、畳や床下に有機リン化合物を仕込むなんてことを思いついたのは、いったい誰なのだろう。
それが建物に継続的に働きかけ、シロアリの害からきっと、ずっと家を守ってくれるという期待。

けれど、その床の上に暮らし、畳の上に座わったり横たわったりする家の住人たちのことを、その計画はまったく考えていない。
有機リン化合物には、神経を障害する作用があり、そのために化学物質過敏症という治りにくい病を背負わされた人たちがいる。
「化学物質過敏症家族の記録」に実例がある。)

シロアリをやっつけようとして、人がやっつけられてしまう。
そんな、笑えない話。

私は、おそらく10年ほど前からだろうか、電車やバスに乗って座席に座っていると、肌がビリビリしてくる耐え難い異常な感覚を感じることがあった。
アトピー肌による症状かとか、疲れのせいだとか思っていたのだが、それをこのサイトに書いたときに、「車内の消毒のためではないですか」というご指摘を頂いた

先日も、東武アーバンパークライン(旧東武野田線)の古めの車両に乗った際、次第に胸元や腕などの皮膚がビリビリビリビリしてきて、降りるまでの間、耐えるのが大変な辛さを感じたことがあった。
降りるとただちに症状は軽減したが、胸元の嫌な感覚がすっかり治まるのには、それからさらに20-30分を要した。

直前に乗っていた別の電車ではまったくそんな感覚はなかったから、その日の体調のせいではない、と言っていいだろう。
「消毒の薬剤が私の神経に作用した」という説明は、納得できる。

「新幹線に乗れない 農薬被爆列島」(長谷川 煕著)という本を、見つけて読んだ。
こうした公共の乗り物内の薬剤処理は、今や広く行われている、当たり前の行為のようだ。
「ゴキブリが一匹いた」という乗客からの苦情があれば、それだけでも散布が行われるという。

しかし電車やバスや飛行機の金属部分や床はまだしも、消毒後洗い流したり拭き取ったりもできるだろうが、取り外しのできない座席の布は、薬剤を吸い込み、長く保持されることが想像に難くない。
それらは少しずつ蒸散し、座る人の体に影響を与えていく。

電車には必ず発着時や目的地を告げる時刻表がある。
けれどもちろん、いつどの車両に薬剤が施されているかの告知など、どこにもない。
公共の乗り物に乗ることが、ロシアンルーレットになる。
怖い世の中になったものだ。

「新幹線に乗れない」の本には、農薬の空中散布や、公共建築物での有機リン化合物の影響についても書かれている。
有機リン系だけではない。化学物質はどんどん新種が開発される。
最近のニュースで、ネオニコチノイド系農薬も広くまかれており、ヨーロッパで規制がかかるようになったものもあるという記事を読んだ。

たとえ今大丈夫な人でも、他人事ではないのだと思う。
いつどこに行ってこの被害に遭う身になるかどうか、わからない。

CMに乗せられるな。
化学物質や化合物や薬剤は、単一の物質であるゆえに、作用の強いもの。
過剰使用は害になると、つねに心得なければならない。

20014.5  



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