薬か毒か






医学生の頃、通学途中の駅前ロータリーにしばしば立ち、通行人に盛んに呼びかけている人がいた。
「薬は毒です。みなさん、薬は毒なんですよ〜。」

薬の副作用で、何かとても痛い目に会われた方なのだろうか。
知る由もないが、その声は、私の耳に記憶に残った。

これから、薬で人を助けられる人間になろうと勉強していた、当時の私。
「いろいろな考えの人がいるものだ。」とぼんやり思いながら、いつもその横を通り過ぎていた。

その言葉が、この頃再び、頭の中にこだまする。


薬はそもそも、体にとって異物である。

とりわけ、現代医学の薬の殆どは、単一の作用に特化して合成された、均質で強力な物質だ。
例えばほんの1錠でも、体内環境を劇的に変える力を持っている。

好ましい変化であれば"薬"と呼ばれ、逆であれば"毒"となる。
言うならばそれは、人間の側の解釈の問題でしかない。
薬の側から見るなら、どちらも同じことで、ただ身に備わったふるまいをしているだけである。

「薬が毒だ」とは、言い得て妙だ。
2つは、同じものの表と裏を表した言葉なのだ。


好むと好まざるとに関わらず、私たちは、薬という人工物が溢れる、進化した現代社会に住んでいる。
だからもちろん、未精製の自然物のみに囲まれていた時代と、同じ生き方をすることはできない。

毒をもって毒を制することが、時には必要であったりもするだろう。

自然の緩徐な変化をじっくり待つことが、認められにくく、追い立てられる生活の中で、病気も速攻でねじ伏せて、戦列に復帰しなければならないかもしれない。

それはそれでいいだろう。
ただ、「毒を薬として、今自分は現状をやりくりしているのだ」という、自覚があればいいと思う。


すぐ効いて楽になって、でも危険は全く無く、お手軽で、安くて、根治的。
そんな都合のいい薬は無い。

何事にも必ず、良い面と悪い面がある。
ここは天国ではなく、人の世なのだから。


現実を見据えて生きよう。
さすればきっと、現実も、悪いことばかりでもない、ということが、見えてくるはずだ。

2010.2.  




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